風の目たち/The eyes of the wind
日本とも交流が深く、アートやビジネス領域からも注目されつつあるジョージア国のトビリシを舞台にした細やかな美術展「風の目たち」がキュレーターの吉田山さん企画で開催されます。日本人アーティスト20人が参加し、後に各々の作品がジョージアの街に溶けていくことを願ったこの展覧会に寄せて、花井優太が担当したプレレビューと称したテキスト。
風は、種や花粉を運ぶ。生命の循環に欠かせず、物や人を遠くに届けることにも役立ってきた。そして、流行病を運ぶこともある。良いものも悪いものも運び、強すぎればあらゆるものを吹き飛ばし、弱ければ安らぎをくれる。過剰であれば命を奪われることもあるが、私たちは風なしに生きられない。
日本最古の歴史書とされる『古事記』には、志那都比神という風の神が登場する。北条時宗の時代、海の外からの侵略を強い風で追い払ったとされる彼は、女神・伊邪那美が霧を払った吹息から生まれた。呼ばれる名や表記は多々あれど、奈良県の龍田神社はじめ多くの社で祀られている。五穀豊穣、航海安全など、恵みや守護の利益があるという。風は変化と安堵をもたらすのだ。
「風の目たち」では、20人のアーティストの作品が5センチメートル立方体の小さな箱にそれぞれ収められ、キュレーター吉田山の手によって日本からジョージアに運ばれる。展覧会はギャラリーで1日だけ行われ、引き取られ、オーナーの家の窓際に置かれる。箱から開かれて置かれ、窓が開かれたとき、作品は街に開かれる。作られた環境や経緯からも7,700キロメートル以上離れた土地で、街や家や人と溶け合いながら読み替えられていく。そうして風に運ばれた種子たちは、土壌に根を下ろし、ジョージアのひとつになり、ジョージアとひとつになっていく。
漫画家の水木しげるが妖怪を描くときに重んじたのは、妖怪そのものはもちろんであるが、妖怪のいそうな背景をどれだけ精密に描けるかであった。妖怪を私たちの目に立ち上がらせるのは、その場所がもつ空気なのである。だとすれば、今回こうして日本のアーティストたちの作品を散り散りに異国の街へと紛れ込ませていく行為は、ジョージアにも影響を与え、空気にも変化を与えるだろう。そもそもこの国は、西洋と東洋の結び目に位置し、歴史の渦に巻き込まれながら多文化が共存する包摂的な土壌を育てあげてきた。「風の目たち」はこの恵まれた土地で、ソフトとして景観と空気に実装され、街や人に作用する。
ところで、「風の目」という言葉には一体どんな意味が込められているのか? 台風の目は聞いたことがあるが、風の目は聞いたことがない。風は渦巻いた時に遠心力で外に向かおうとする。その力は内側ほど強くなり、風は中心部に吹き込むことができない。台風の目はこうして生まれる。また目を囲うように壁状化した雲は「eyewall(目の壁)」と呼ばれる。なるほど、作品という「風の目」たちを収める箱の側面は、文字通り目の壁だ。台風のような暴力性は持たない、柔らかな風たちの目、とでも言えば良いだろうか。どうか、無事目的の地まで届くことを。早馳風神取り次ぎ給え。
ー
展覧会タイトル:風の目たち/The eyes of the wind
第1期
会場:obscura
住所:16 Pavle Ingorokva St, T'bilisi, Georgia https://goo.gl/maps/7Q1Udv4Hm9XTqkRg9
会期:2022年9月30日、(その後、街の窓辺に恒久設置予定)※10月1日から変更
出品作家:
やんツー、水戸部七絵、小松千倫、太田琢人、細井美裕、竹久直樹、敷地理、河野未彩、青柳菜摘、藤生恭平、志賀耕太、前場穂子、新井浩太、柿坪 満実子、立石従寛、時吉あきな、小林絵里佳、星拳五、庄司朝美、田沼利規(参加順)
企画協力/現地コーディネート:庄司朝美(アーティスト)
キュレトリアル・リサーチャー:原ちけい
デザイン:奥田奈保子(NiNGHUA)
プレレビュー:花井 優太(tattva)
主催:FLOATINIG ALPS LLC
すでに登録済みの方は こちら